歴史の重みを感じる質感
アンティークの楽しみ方には大きく分けて2つ。
職人や作家が持てる限りを尽くして作り上げた、その芸術性と創造美、受け継がれた技術と時間をかけて作られたものを楽しむこと。
そしてもう1つは、アンティークでしか出すことができない、その時代だからこその作りと熟成された経年変化を楽しむこと。
この時計の場合は、明らかに後者のもので、時計のその姿から、ベルトの端々まで、その真髄を味わうことができる1点です。
経年変化を受けやすい・それ自体が変化をしやすい、銀という素材と革という素材。
それらが見事に熟成され、その極みを引きだした1点もの。
時計の顔は歳を重ねることで風格を増し、ただそこにあるだけで100年という長い年月の重みを伝えるかのよう。
銀特有の渋みのあるケースの色合い、そしてこの時代ならではの陶製の文字盤に、塗料が施されたインデックスや針。
それも程よく残り、程よく落ちるという加減のとても良いもので、和的な「寂び」という味わいを感じていただけるものです。
時計のベルトに至っては、これはこのベルトだけで逸品という雰囲気の良いもので、革ならではの熟成のされ方で、かつ非常に状態良く残っています。
またベルトを留める尾錠部分をご覧いただくと、時計と同様に黒ずんだ色合いになっているのがおわかりいただけるはず。
それもそのはず。尾錠としてはとても珍しい「銀製」の尾錠で、尾錠にも銀製品であることの刻印が施されている、これ自体もアンティーク品。
時計とほぼ同じ頃のもので、このベルトと尾錠自体も約100年という時が経過していることになります。
どんなに見事なベルトを作り上げたとしても、同じだけの歳月を、使われながら状態良く残さなければ、このような風合いを得ることは叶いません。
また時計の作り時代もまさに年代物で、リューズを引いて時刻を合わせるタイプではなく、リューズの脇にあるボタンを押し込んでリューズを回すタイプのもの。
腕時計としては、懐中時計時代を引き継ぎながら試行錯誤が凝らされていた時代のもので、このような作りにも魅力があります。
この時計のメーカーは、高級メーカーとして現在も知名度を誇るボーム&メルシー。
イギリスのロンドンを拠点にしていたボームブラザーズが扱っていたもので、時計メーカーとして人気の高いロンジン社の機械を合わせた時計です。
ケースの内蓋には、1920年2月22日という刻印が施されていて、J.L.Jとあることから、贈られた方の名前・ミドルネーム・苗字の刻印であると考えられます。
時計の機械・ケース・刻印・尾錠とそれぞれに年代のわかる刻印がありますが、尾錠までも年代がわかるものとなるとほとんど無いもので、そういった意味でも貴重さも併せ持った時計です。
店主のワンポイントと評価
総合評価
時計としては少し小ぶりですが、これもこの年代の時計の特徴。
経年変化による熟成の仕方が見事で、本当に味のある時計です。
ベルトや尾錠の枯れ具合もまさに見事としか言いようが無く、ただ単なる古い時計という域を大きく超えた、身に着けるためのアンティークという言葉が似合います。
状態
経年による変化や傷などもあり、ケースの裏側にはSCとひっかき傷のような箇所もありますが、どれもこの時計の個性や特徴として捉えていただくもの。
このように全体の雰囲気の良い枯れ方というのは、なかなか出ないものです。
希少性
時計の端から端までが完全なアンティーク品というのは、革という劣化しやすい素材を持つ腕時計では本当に珍しいものです。
尾錠からベルトも合わせて当時の物で、それが実用できるということは奇跡に近いというほど珍しいものになります。
贈り物
アンティークの中でも「枯れた」雰囲気がお好きな方には、贈り物としてとてもお勧めできる1点です。
ただ時計の雰囲気や作りから、どなたにでも気に入っていただけるものではありませんし、この味がわかるのはお選びいただくお客様自身であるはずです。
贈り物としてもお勧めはできるものですが、自分自身への贈り物に特にお勧めしたいものです。
備考
時計のベルトを新しいものに交換することはできますが、これ自体もこの時計の価値ですので、そのままお使いいただける方にのみお勧めいたします。
またケース裏側のひっかき傷も磨けば消えるものですが、あえて消さずにそのままの雰囲気を残してあります。